2011年10月29日土曜日

慌ただしい日々

自分で蒔いた種を自分で刈り取る。刈り取った作物は誰のものなのか。いろんなことがある。言われて嬉しいこと、言われて悔しい事。でも、そんなことも慌ただしい日々のひとこま。天命を知る。

2011年10月15日土曜日

精米機

精米機を買ってしまいました。元来、農家の息子でもあり、郷里で取れる米を玄米の状態で送ってもらい、精米して食べることにしました。さっそく、新米を送ってもらったので、これを精米して食べてみる事にしています。

子供の頃、父親に連れられて精米所まで行って、一俵の玄米を精米していた時の想い出がよみがえる。精米機を動かすための電力を投入する大元の開閉器(ナイフスイッチ式)の操作と、精米の後、次の人のために内部を掃除して帰るのが僕の仕事だった。

この開閉器というのはスイッチを入れる(バーを挟み込む)と青い火花が散るので、いつも恐る恐る触っていた。その辺りから、電気電子に興味を持ったのかも知れない。

今回購入した家庭用は、1回最大1升まで。火花も出ないし、自動で止まる。生活は便利になり、家庭用精米機まで用意して玄米を食べるとは、、、子供の頃には想像もできなかった世の中になったもんだ。

2011年10月2日日曜日

阿蘇の旅


9月の後半の3連休に第2の故郷である熊本を旅して来た。久しぶりに母校をたずね象徴の鉄塔が無くなっていることと名前が変わった事に一抹の寂しさを感じながらも、そこで過ごした5年間の想い出はいつまでも自分の胸に刻まれているのを再認識。昔と変わらないところも残っていたのが懐かしい。

それに、私鉄の最寄り駅の駅名が変わってない頑固さが、肥後もっこすそのもののような気がする。

宿泊は南阿蘇の貸別荘にした。その貸別荘は南阿蘇にある「里の音」という近所の農家の人が作った離れのような家を主にじゃらんネットで貸し出しているものであるが、これがなかなか良い。あまり人に教えたくないような場所である。目の前には、水田が広がり向こうに阿蘇山がそびえる。晴天の夜は満点の星空。近くには源泉掛け流しの温泉や水源地。

ここを起点に2泊して、阿蘇の周遊と最終日は高千穂峡、通潤橋を巡ったのである。写真は、白河水源、大観峰からの阿蘇五岳、 高千穂、である。久しぶりの自然を満喫した旅立ったのである。

2011年9月19日月曜日

ウォール・ストリート ブルーレイ

前の映画を観なかったまま、こちらを観てしまったので、ちょっと面白さ半減。伝説の証券マンが復活を遂げ、失った家族を取り戻そうとする様は、観ていて面白かった。ゴードンゲッコウ役のマイケル・ダグラスの渋い演技がたまらなく好きである。古くからウォールストリートで証券マンとして行きて来た世代と金融工学を駆使する世代の激突というような意味も感じられなくもない、ストーリーであるように思う。

アメリカ人に自殺は似合わないが、ルウの生き方にはある意味同感できる。そしてその復讐として立ち向かうシャイア・ラブーフ扮するジェイク。

娘に残した信託金さえも取り戻してマネーゲームに戻って行く冷酷さの表現と孫の存在を知って葛藤する愛情の表現がウォールストリートで働く人間の表と裏を表しているのだろうか。前の作品を観ておけば良かった。

2011年9月10日土曜日

9.11

もうすぐ9.11から10年目。あのとき、アトランタのイベント会場に居て、生中継のTVを見ていて、何がなんだかわからないまま、NY経由の帰国便の手配をしにデルタのオフィスに向かった記憶がよみがえる。アトランタ空港に行き、空き便を探してとにかくNYへ行かなきゃ帰れないかもしれないと必死になっていた。翌日、3時間だけ開いた飛行許可でNYへたどり着いた。

空の上から見えた、ペンタゴンとマンハッタンの生々しい様子が今でも頭の中に焼き付いている。二日遅れて全日空の帰国便に乗り込めたとき、ラウンジで酒を飲み過ぎて醜態をさらしたのが苦い想い出である。

東日本大震災からちょうど半年。何か、11に特別な意味があるのだろうか。