2011年8月28日日曜日

寅さん祭り

寅さんが旅立ってからもう16年も経ったんだが、相変わらず地元ではこの祭りが毎年の夏休み最後の週末に開催され、盆踊り大会で締めくくられる。鼓笛の演奏は地元の二つの小学校の恒例行事になっているが、今年で自分の子供の出番が終わりなので、来年からは追っかけも必要なくなる。

そんなに住み着いてしまったんだなぁと感慨深いものがある。よく考えれば、自分の人生においても一番長く住んだ街になってしまったということである。あぁ、ここが故郷って感じがしてきた。

2011年8月20日土曜日

太平洋の翼 [DVD]

よくもまぁ、こんな古い映画があったもんだ。子供の頃、ちばてつやの「紫電改のタカ」を読んで興味を持った海軍航空隊の物語。第343航空隊は実在したが、内容は架空のもの。このDVDも同じようなもので、三船敏郎, 加山雄三, 夏木陽介, 佐藤允, 星由里子が主役級、渥美清や西村晃、中谷一郎、あたりが準主役。

1963年上映というから、自分が生まれた翌年。古い二本の戦争映画ではあるが、特撮がいかにもウルトラマンみたいだと思ったら特撮監督は円谷英二とは。

局地戦闘機による制空権確保。源田実の戦術は正しいのかも知れないが、時、既に遅し。

2011年8月14日日曜日

次席さん服再現

昨晩見つかった肩章を船内服に付けて27年ぶりに袖を通してみた。気分が一瞬若返った。敬礼すると、なんだか兵隊みたいになって滑稽だが、ちょっとコスプレ。

ここには写真は乗せられないので、取り付けた夏用船内服の写真を一枚。

さすがに帽子は小さくて入らないが、上着はお腹周りが少しきついが、なんとか着られた。この年でも二本線というわけにはいかないだろうが、それでも三本線。通信長が最後の職務だったらなぁ、、、時間は遡れない、想い出。

2011年8月13日土曜日

ひょっこり、ひょうたん

さてこちらは、ひょこり出て来た、想い出の逸品。次席通信士時代に、入出港時に付けていた肩章。社内資格は三等通信士なのに、船の職員としては二等通信士(次席通信士)ってことで、通信長から航海中は外しとけって教わったっけな。短い次席さん暮らしだった。
ひょうたんをもらって来たので、さっそく徳利作りに取りかかる。蔕を切り、6ミリくらいの穴をあけ、しばらくベランダで水に浸して、中味を取り出す下ごしらえをした。どれ位かかるやら、楽しみである。
お盆の初日にひょっこり出て来た探し物とひょうたん。日航ジャンボ機墜落事故の翌日だった26年前の今日。我らは涙した、悔しさとやり切れなさと共に。

2011年8月6日土曜日

夕日が美しいと感じる生活

夕日が奇麗に見える場所にちょうどさしかかって来たとき、雲の切れ間から沈み行く夕日が見えて来た。ちょうどバスがそこを通りかかったので、シャッターを切る。海に沈んでいるのではなく、湖に沈もうとする夕日なのだが、なんだか心が癒された。

郷里では夕日は海に沈むのだが、なんかそれを思い出したんだろうか。同じ山陰の地だったかも知れない。東京では、日に日に放射能問題が大きくなって来ている。子供を疎開させる親も増えていると聞く。電力の問題は”我慢”で解決できても、衣食住についてはそう言う訳には行かないものである。

自然と共に暮らす人間、争いの無い平和な世界、広島の平和宣言を聞きながら、ふと思ったのである。