2009年11月8日日曜日

今時のかもめ

今日、日曜日の日経新聞朝刊文化面(最終ページ)うたの動物記にこんなことが書いてあった。
『旅路の果てには海があり、海には波止場があり、波止場の突堤には傷心の男(あるいは女)がひとり佇んでいる。そしてその頭上にはいつも白いカモメが舞っている。というのが「うた」の定番的シチュエーションである。』

今時こんなシーンに出くわすことは良く考えれば無いのかも知れないが、自分の記憶の中では岸壁に一人で佇む人を見かけたことはある。自分もそうだった。歌、とくに演歌ではこの組み合わせは必須である。港には恋沙汰が付属品のようについていると言っても過言ではなかった。

カモメは渡り鳥だから、島から島へ、船から船へと渡って行き、いろんな人間模様を見て来た事だろう。でも、最近の歌の歌詞にはカモメとか港が出て来ることはほとんど無い。それだけ、身近な存在では無くなってしまったということかな。今時のかもめは、こういう世相をどう見ているのだろうか。

「わたしゃ発つ鳥ぃ、波に聞け、チョイ」とでも言われるのであろうか。波止場とカモメに代わる何かが必要ってことなのかね。

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